大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋地方裁判所 昭和42年(行ウ)58号 判決 1968年11月30日

名古屋市中村区米屋町二丁目百三十四番地

原告

水谷正吉

右訴訟代理人弁護士

福岡宗也

田畑宏

名古屋市中村区牧野町六丁目三番地

被告

中村税務署長

右指定代理人

東隆一

越智崇好

沢村竜司

大須賀俊彦

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告は、被告が原告に対し昭和四十一年九月十三日付をもつてなした昭和四十年七月一日より昭和四十一年六月三十日までの原告所得金額を金千二百八十三万七千八百四十九円とした更正決定(但し名古屋国税局長の昭和四十二年八月二十五日付審査裁決により所得金額金千二百七十五万二千八百四十九円と変更された。)のうち所得金額金七百八十万二千八百四十九円を超える部分を取消す。訴訟費用は被告の負担とする。との判決を求め、請求の原因として(一)原告は肩書住所において食堂営業をなし昭和四十一年八月三十一日被告に対し昭和四十年七月一日より昭和四十一年六月二十日まで昭和四十年度の所得金額を金七百八十万二千八百四十九円と確定申告をしたところ被告は昭和四十一年九月十三日右金額中一時所得を金千六十七万五千円(原告申告額金五百六十四万円)と変更し、昭和四十年度所得額を総額で金千二百八十三万七千八百四十九円とする更正決定をなした。(二)原告は昭和四十一年十月十一日名古屋国税局長に対し審査請求をしたるに同局長は原決定の一部を取消し(前記一時所得金金千六十七万五千円を金千五十九万円とした。)原告の昭和四十年度所得金額を金千二百七十五万二千八百四十九円と変更裁決をした。(三)しかるに右更正処分は次の理由により違法で取消さるべきである。

(1)  本件処分は前述のとおり原告が金五百六十四万円と申告した一時所得金額を金千六十七万五千円と更正した。

(2)  右一時所得の内容は原告が中村区米屋町二の六十七所在の借家明渡に際しこの明渡代償として昭和四十年三月頃家主の森定不動産株式会社より同町二の百三十三宅地約九五・八六平方メートル(二九坪)および同地上の居住者に対する立退料金九百万円を取得したことである。

(3)  而して原告が申告した一時所得金五百六十四万円は右土地を所得時の更地の時価坪金四十万円と評価して収入額を金千百六十万円とし、必要経費金三十二万円を控除して二分の一を乗じたものである。したがつて右更地の時価は借地権の負担のある土地の価格と借地権消滅による土地の増価分(立退料相当分)とを含めて評価されているものであり、近隣の同種時価よりみて適正な価格である。

(4)  しかるに被告は右土地につき不動産鑑定士による鑑定等なんら正当の評価手続も経ることなく森定不動産株式会社が第三者より買受けた価額金千二百五十万円を単純にそのまま借地権の負担のある土地の価格とし、右立退料金九百万円との合計金二千百五十万円を原告が右土地を取得した時の更地の時価として所得額を前記の如く金千六十七万五千円と更正したものである。しかし右価額は当時右会社が本件土地附近に早急にビルを建築する必要があり、殆んど売主の言分通りに価格、立退料をきめたいわば特殊価格であつて通常の意味での適正価格とはいいえない。また所得税法第三十六条第二項によると物、権利、利益の価格はそれを取得または享受したときにおける価格とするとされている。即ち取得時におけるそれ自体の時価を評価し、その価格を基準となすべきものなるにも拘らず単純に右の如き特殊価額をもつて収入額としたことは右法条の趣旨に反する。

(四)したがつて原告の昭和四十年度総所得金額は金七百八十万二千八百四十九円でありこれを超える所得額を認めた本件更正決定は違法であるので右処分の取消を求める。と述べた。

被告は原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。との判決を求め、答弁として、請求の原因たる事実(一)の点を認め、(但し昭和四十年七月一日より昭和四十一年六月三十日までとあるは昭和四十年一月一日より同年十二月三十一日までの誤りであり、確定申告とあるは修正申告の誤りである。)同(二)の点を認め、(但し昭和四十年度所得金額とあるは昭和四十年度総所得金額の誤りである。)同(三)の(1)の点を認め、その余の各点を争い、被告の主張として(一)まず本件の各申告、更正、裁決は左表の通りである。

課税処分表

<省略>

右の一時所得金額の計算基礎は次の通りである。

(1)  確定申告時

収入金額 必要経費 特別控除額

<省略>

(2)  修正申告時

収入金額 必要経費 特別控除額

<省略>

(3)  更正時

収入金額 特別控除額

<省略>

(4)  裁決時

収入金額 必要経費 特別控除額

<省略>

(二)本件訴訟の主たる争点は原告が家屋明渡の際にその代償として取得したものは何であるかということと、原告が取得した土地、建物の価格はいくらであるかということの二つであると考えられる。

(1)  前者については、原告が家屋明渡の際にその代償として取得したものを(イ)借家人の存在する土地、建物と現金金九百万円とみるかそれとも(ロ)賃借権の負担のない土地建物とみるかによつて一時所得の収入金額の計算は次の如く異なるのでまずこれが確定を要する。

(イ)  <省略>

(ロ)  <省略>

原告は和解調書等に基づき土地、建物の外に昭和四十年四月五日現金金三百万円、同年十一月一日現金金六百万円計金九百万円の現金を受領している。そして石川重一の立退について森定不動産株式会社は全然関与していないのみならず右立退に関する限り右会社は全く責任がない。よつて仮に原告と右石川との間の立退交渉が決裂に終つたとしてもこれを理由に原告と右会社間の家屋明渡契約が解消されるということはありえない。石川重一の立退については原告が全責任を負つていたものである。よつて原告が右石川に立退料として支払つた金額が金九百五十万円であつたにも拘らず原告は右会社から支払われた金九百万円との差額金五十万円の支払を右会社に請求することができなかつたし、現に支払請求の事実もない。よつて被告は右各事実を綜合勘案して原告が家屋明渡の際にその代償として取得したものを借家人の存在する土地、建物と現金金九百万円であると認定し右(イ)の方法に従つて原告の一時所得を算定した。

(2)  後者については、右(1)に徴しここに求める土地建物の価格は借家人の存在する土地、建物の価格ということになる。所得税法第三十六条第一項は金銭以外の物又は権利益その他経済的利益をもつて収入する場合にはその金額以外の物又は権利その他経済的な利益の価額と規定し、又同条第二項においてその価額は当該物若しくは権利を取得し又は当該利益を享受するときにおける価額とする旨定めているが、この場合の価額とは時価であつて売買において通常成立すると認められる取引価格すなわち通常の取引価格を指すものと解されている。ここに右時価が直ちに現実の取引価格と必ずしも常に一致すべきものとは断じがたいが現実の取引価格形成について検討すると土地の売買においても、現実又は潜在的な競争者が売手、買手の双方の側に常に存在し、更に土地売買の当事者は同種類の土地の価格についてある程度正確な情報を入手してから売買の判断をなすのが普通であり、情報が決して不完全でなく、土地の価格も一応不完全ながら需要供給の原則によつて決せられるのが実情である。よつて土地の時価の算定にあたりその物自体の売買実例が存する場合には右売買に余程特殊の事情の認められない限りその取引価格を時価として是認するのが相当である。そこで本件物件につき所有者宮田専治外三名と森定不動産株式会社との間に成立した金千二百五十万円なる売買価格につきその成立過程を検討してみると売主と買主との間に特別の関係はなく、右売買の当事者は本件物件の売買契約締結前にそれぞれ本件土地の価格につきある程度の情報を収集したうえで売買の交渉に臨み、両当事者の予定売買価格の中間で実際の売買価格が成立したものであり、この間売主の意向が特に強く働いて価格が不当に引上げられたという形跡も見当らない。(乙第三号証)また宮田専治らは右物件の売買当時賃借人石川重一と家屋明渡等の問題で名古屋地方裁判所に訴訟が係属中で右物件の早期処分を望んでいたことも十分窺い知れるところである。これらの点を綜合勘案するときここに成立した右の価格は原告の主張するが如く殆んど売主の言分通りに決つた特殊価格であると断定するよりもむしろこれは一応不完全ながらも需要供給の原理によつて決せられた価格で売買当時の時価を反映した取引価格であると推認すべきものと考える。しかも本件土地の売買価格(本件賃借人に交付された金九百万円を除く。)に鑑定評価書に言うが如き営業補償金、費用償還請求権、買収請求権等が含まれているとは到底考えられないのでこの点の修正も必要でない。と述べた。

理由

請求の原因たる事実(一)、(二)、(三)の(1)の各点は当事者間に争がない。(但し被告において(一)のうち昭和四十年七月一日より昭和四十一年六月三十日までとあるを昭和四十年一月一日より同年十二月三十一日までの誤りである。(二)のうち昭和四十年度所得金額とあるは同年度総所得金額の誤りである。と各指摘した上これらの点を認めた。)而して被告の主張事実(一)の点は原告において明らかに争わないのでこれを自白したものと看做すべく、成立に争のない乙第一号証、第三乃至第十二号証、これら乙号各証により真正の成立を認めうる乙第二号証によると被告の主張する(二)の事実乃至所説を首肯しうる。原告は前記被告の課税処分のうち一時所得金額を除くその余の点を全く争つていなく、被告の右一時所得金額を金千六十七万五千円と更正した処分は名古屋国税局長の裁決により前記の如く金千五十九万円に変更せられた限度においては原告の主張するような違法の廉を認めがたい。鑑定人伊藤寛の鑑定の結果によると原告の右一時所得金額はその対象土地界隈の地価が昭和三十六年十月頃以降昭和四十一年四月頃まで金融機関の駐車場、ビル建築用地確保等のため買進みがなされた特殊事情の影響のある正常な金額ではない旨を指摘しているけれども右鑑定人の指摘する取引五例の実績はもう単純に買進みとしてのみ片付けられない意義を有するに至つたものであることは右乙第一乃至第七号証に徴するも十分これを推測しうるところである。その他原告の提出援用にかかる全証拠中右認定に反する部分は前記乙号各証に対比して措信しがたく、他に右認定を覆えすに足る証拠なく、被告のなした前記更正決定は前記の如く名古屋国税局長の審査裁決により変更せられた限度においては他にこれを取消すべき瑕疵も認められないので原告の請求を失当として棄却し、民事訴訟法八十九条により主文のように判決する。

(判事 小沢三朗)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例